■前提
■事実
■証拠
証拠によって認定した事実は各項末尾のかっこ内に認定に 供した証拠を摘示し,その記載のない事実は,当事者間に争いのない事実であ る。
) (1) 当事者 ア原告Bは,大正5年12月21日生まれの男性で,第二次世界大戦中の 沖縄戦において,アメリカ合衆国軍隊(以下「米軍」という。
)が最初に 上陸した慶良間列島の座間味島で,第一戦隊長として米軍と戦った陸軍士 官学校(52期)出身の元少佐である。
また,原告Cは,同じ沖縄戦において,慶良間列島の渡嘉敷島で,第三 戦隊長として米軍と戦った陸軍士官学校(53期)出身の元大尉であるD 大尉(大正9年4月20日生,昭和55年1月13日死亡)の弟である(原 告CがD大尉の弟であることについて,甲C1の1及び2)。
イ被告岩波書店は,大正2年創業の各種図書の出版及び販売等を業とする 株式会社であり,本件各書籍の出版をしている。
また,被告Eは,芥川賞,ノーベル文学賞を受賞した作家であり,沖縄 ノートの著者である。
(2) 第二次世界大戦における沖縄戦と座間味島及び渡嘉敷島における集団自 - 3 - 決 昭和16年12月に始まった太平洋戦争は,昭和17年のミッドウェー沖 海戦を機に日本軍は劣勢を強いられ,昭和19年7月にはサイパン島が陥落 し,昭和20年2月には米軍が硫黄島に上陸し,次の米軍の攻撃は台湾か沖 縄に向かうと予想される状態であった。
昭和19年3月,南西諸島を防衛する西部軍指揮下の第三二軍が編成され, 同年6月ころから実戦部隊が沖縄に駐屯を開始し,この沖縄守備軍・第三二 軍は「球部隊」と呼ばれていた。
昭和20年3月23日から,沖縄は米軍の激しい空襲に見舞われ,同月2 4日からは艦砲射撃も加わった。
慶良間海峡は島々によって各方向の風を防 ぎ,補給をする船舶にとっては最適の投錨地であったことから,米軍の最初 の目標は,沖縄本島の西55キロメートルに位置する慶良間列島の確保であ った。
米軍の慶良間列島攻撃部隊は,VA少将の率いる第77歩兵旅団であ り,空母の護衛のもと,上陸作戦に臨んだ。
慶良間列島には,座間味島,渡嘉敷島,阿嘉島などがあるところ,昭和1 9年9月,座間味島には原告Bが指揮する海上挺進隊第一戦隊(以下「第一 戦隊」ともいう。
)が,渡嘉敷島にはD大尉が指揮する海上挺進隊第三戦隊 (以下「第三戦隊」ともいう。
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)が配備された。
海上挺進隊は,当初,小型 船艇に爆雷を装着し,敵艦隊に体当たり攻撃をして自爆することが計画され ていたが,結局出撃の機会はなく,前記船艇を自沈させた後は,海上挺進隊 はそれぞれ駐屯する島の守備隊となった。
原告Bの守備する座間味島と,D大尉の守備する渡嘉敷島では,米軍の攻 撃を受けた昭和20年3月25日から同月28日にかけて,それぞれ島民の 多くが集団自決による凄惨な最期を遂げた(なお,以下では,原告Bが座間 味島において住民に集団自決を命じたことを肯定する見解を「B命令説」と いい,D大尉が渡嘉敷島において住民に集団自決を命じたことを肯定する見 - 4 - 解を「D命令説」という。
)。
(3) 本件各書籍の記述 ア本件書籍(1)の記述 「太平洋戦争」は昭和43年2月14日に発行され,その改訂版である 「太平洋戦争第二版」は昭和61年11月7日に発行された。
本件書籍 (1)は,「太平洋戦争第二版」を文庫化し,発行されたが,現在まで合 計1万1000部が発行された(本件書籍(1)が「太平洋戦争第二版」 を文庫化したものであることは争いがなく,その余は甲A1,B7及び弁 論の全趣旨)。
本件書籍(1)には,その300頁8行目から,「座間味島のB隊長は, 老人・こどもは村の忠魂碑の前で自決せよと命令し,生存した島民にも芋 や野菜をつむことを禁じ,そむいたものは絶食か銃殺かということになり, このため三〇名が生命を失った。
」との記述(以下「本件記述(1)」とい う。
)がある。
イ本件書籍(2)の記述 (ア) 沖縄ノートは昭和45年9月21日に発行され,平成19年11月 15日の第53刷まで増刷を重ね,現在まで,合計30万2500部が 発行された(弁論の全趣旨)。
本件書籍(2)には,その69頁10行目から,「慶良間列島において おこなわれた,七百人を数える老幼者の集団自決は,VB著『沖縄戦史』 の端的にかたるところによれば,生き延びようとする本土からの日本人 の軍隊の《部隊は,これから米軍を迎えうち長期戦に入る。
したがって 住民は,部隊の行動をさまたげないために,また食糧を部隊に提供する ため,いさぎよく自決せよ》という命令に発するとされている。
沖縄の 民衆の死を抵当にあがなわれる本土の日本人の生,という命題は,この 血なまぐさい座間味村,渡嘉敷村の酷たらしい現場においてはっきり形 - 5 - をとり,それが核戦略体制のもとの今日に,そのままつらなり生きつづ けているのである。
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